2026-03-19
カンウォン特別自治道ヨンウォル郡ヨンウォル邑タンジョンロ190
荘陵(チャンヌン)は朝鮮第6代王・端宗(タンジョン、在位1452~1455年)の陵墓です。1457年、端宗が魯山君(ノサングン)に降格された身分でこの世を去ると、寧越(ヨンウォル)の戸長であった厳興道(オム・フンド)が端宗の遺体を密かに収め、現在の場所に仮埋葬しました。その後、1516年に墓が見つかって封墳(土を盛り上げた墓)が造られ、1580年には石物を建てて祭祀が行われるようになりました。1698年に端宗の王としての身分が回復したことで、陵墓の名を「荘陵」とし、現在の姿に再整備されました。 荘陵は一般的な朝鮮王陵とは異なり、端宗に仕えた忠臣たちのための建造物があるのが特徴です。荘陵の入り口には魯山君の墓を探し当てて祭祀を執り行った寧越郡守・朴忠元(パク・チュンウォン)の志を称える「駱村碑閣」、斎室の横には端宗の遺体を収めて墓を造った厳興道の「旌閭閣」、そして端宗のために命を捧げた宗親(王族)、忠臣、宦官、宮女、奴婢など268人の位牌を祀った「蔵版屋」と、彼らのために祭祀を行う「配食壇」があります。
2024-03-04
カンウォン特別自治道ヨンウォル郡キムサッカッ面ヨンウォルドンロ1117
高氏窟(コシグル)は1969年6月4日に天然記念物に指定され、国の保護を受けている学術的、自然遺産的価値がある洞窟です。
高氏窟は1974年5月15日より一般に公開されています。高氏窟は何層にも重なった多層構造の洞窟で、最も下層の洞窟には地下水が川のように流れています。
主洞は大部分石灰岩内に発達した節理層(石灰岩が圧力を受け割れた部分)に沿って形成され、支洞は層理面(堆積岩が露出した平らな面)に沿って発達しています。
高氏窟の内部には鍾乳管、鍾乳石、石筍、石柱、洞窟珊瑚、乳石、カーテン、曲石などさまざまな洞窟生成物が成長し、非公開となっている洞窟で成長する黒味を帯びた洞窟生成物は高氏窟だけの自慢です。
<出典:江原古生代国家地質公園>
2026-04-16
カンウォン特別自治道ヨンウォル郡ナム面クァンチョン里サン67-1
清泠浦(チョンニョンポ)は寧越(ヨンウォル)を代表する観光スポットで、南漢江上流に位置しており、王位を奪われ寧越へと流刑に処された端宗(タンジョン)が滞在した場所です。 朝鮮第6代王であった端宗は、叔父の首陽大君に王位を譲り上王となりましたが、翌1456年、成三問ら死六臣による上王復位の企てが事前に漏洩したことにより、魯山君に降格されました。その後、僉知中枢院事の魚得海が率いる50人の兵士に護送され、原州や酒泉を経て、清泠浦へと配流されました。 清泠浦は東・南・北の三方を川に囲まれ、西側には「六六峰」と呼ばれる険しい岩壁がそびえ立っており、渡し舟を利用しなければ出入りできない場所でした。端宗はこの物寂しい場所で外部と遮断された流刑生活を送りました。当時はここに住居があったため、戸長の厳興道(オム・フンド)が夜密かにここを訪れては端宗の安否を確認していたと伝えられています。 (出典:寧越郡文化観光ホームページ)
2025-05-26
カンウォン特別自治道サムチョク市シンギ面ファンソンロ800
幻仙窟(ファンソングル)は約5億3千万年前に生成された石灰岩洞窟で、東洋最大級の規模を誇ります。洞窟内部には美人像、亀、壷などさまざまな形をした鍾乳石、石筍、石柱がいたるところに形成されています。
幻仙窟で発見された生物はすべてで47種で、このうち学名Kurasawatrechus latiorというクラサワメクラチビゴミムシ属の昆虫など4種は幻仙窟でのみ発見、または幻仙窟がタイプ産地として記録されている昆虫です。
2010年4月からは幻仙窟モノレールが開業し、便利に、そして快適に幻仙窟を観光できるようになりました。
2024-10-17
京畿道 南楊州市 榛接邑 光陵樹木園路354
京畿道南楊州市榛接邑にある「光陵(クァンヌン)」は朝鮮第7代王世祖とその妃、 貞喜王后尹氏の陵です。光陵は王と王妃をそれぞれ別に奉安しました。左の封墳が世祖の陵で、右の封墳が貞喜王后の陵です。二つの稜の中間地点に一つの丁字閣を立てる形式で造られました。
世祖は世宗と昭憲王后の間に生まれました。文宗が死に幼い甥の端宗が王位につくと1453年、癸酉靖難(政権を奪い取る目的で反対派を厳しく取り締まった事件)を起こし朝鮮7代王に即位しました。
光陵周囲にはさまざまな生物の自生する森が形成されており、山林庁の研究機関が管理を行い、樹木園を造成しました。光陵は天然記念物に指定されているキタタキの生息地として有名です。また、稜の周辺の森はチョウセンマツやモミ、マツ等の老木が広がり、ドライブコースとしても知られています。
2022-09-14
カンウォン道ヨンウォル郡ヨンウォル邑オラヨンギル259
東江(トンガン)流域の魚羅淵(オラヨン)地域はさまざまな河川地形が見受けられる自然の宝庫です。特に蛇行して流れる典型的な嵌入曲流河川が見られるところで、魚羅淵一帯の垂直絶壁をなす河食崖、峡谷をなす魚羅淵渓谷、旧河道(上・中・下仙岩)、沼、早瀬、急流などのさまざまな地形や河川景観があります。河川、岩盤、山林地帯などの自然景観が織りなす大変美しい場所です。
魚羅淵展望台があるチャッボン(峰)(標高537m)からは東江で最も神秘的な景観を誇る魚羅淵を一望でき、春にはチンダルレ(カラムラサキツツジ)が満開となり絶壁に生える老松が曲流する東江と相まって、大自然の中の秘境ともいうべき山間地帯となっています。また、短めの登山路を歩いたり、東江沿いを巡るトレッキングも楽しめ、家族連れでのハイキングや夏休みの避暑先としても脚光を浴びているところです。
<出典:江原古生代国家地質公園>
2020-08-26
ソウル特別市 東大門区 古美術路99
+82-2-2249-0336
「踏十里古美術街(タプシムニコミスルサンガ)」は書画、陶磁器などの古美術品を扱う商店街で、アンティークや様々な生活用品を扱う商店が軒を連ねています。清渓川8街、梨泰院、阿峴洞などにあった店が1980年代中盤からこの一帯に集まり始めてできた古美術街で、現在では約140の商店があります。
木の蜀台、懐中時計など一般の商店では見ることの出来ないものも多い上、仁寺洞などで扱う高価な古美術品でなく安価なものもあるため、外国人だけでなく韓国の人々にも人気です。
2025-04-02
キョンギ道ヨジュ市シンルクサギル73
神勒寺(シンルクサ)は鳳尾山(ポンミサン)の麓に位置する驪州(ヨジュ)を代表する、長い歴史と雄大な規模、優れた景観を誇る寺院です。大韓仏教曹渓宗第2教区の本寺である龍珠寺の末寺であり、京畿道伝統寺院に指定されています。一般的に寺院は山の中に建てられることが多いのですが、神勒寺は珍しく南漢江が眺められる川辺に建てられました。新羅真平王の時代に元暁大師が創建したと伝えられているものの確実な根拠はありません。高麗末期に懶翁禅師がとどまったところとして有名で、約200間に達する大寺院だったといいます。
神勒寺祖師堂(宝物)、神勒寺多層石塔(宝物)、神勒寺多層塼塔(宝物)、神勒寺普済尊者石鐘(宝物)、神勒寺普済尊者石鐘碑(宝物)、神勒寺大蔵閣記碑(宝物)、神勒寺普済尊者石鐘前石燈(宝物)、神勒寺木造阿弥陀如来三尊像(宝物)をはじめとし、多くの文化遺産を有しています。 神勒寺周辺は国民観光地として開発されており、近隣にはグルメ店も多く、韓国最大規模の陶磁器専門ショッピングモールがある驪州陶磁セサン、黄浦帆船乗り場などが徒歩圏内にあります。
2026-05-27
カンウォン道サムチョク市クンドク面メンバンヘビョンロ228-239
三陟市内から7キロメートルほど離れたところにある「孟芳海辺(メンバンヘビョン)」は、基盤道路施設がきちんと整備されており、観光地造成工事が行われています。また、クリーンな海水浴場としても全国的に知られています。夏場の海水浴場のオープン期間中には、海岸徒競走大会やマスの手づかみなど、様々なイベントが開催されます。また、海水浴場の近くにはゴルフ練習場があり、海水浴と一緒にスポーツも楽しむことができます。
2024-02-28
チュンチョンブク道クェサン郡チョンチョン面ファヤンドンギル202
「華陽九曲(ファヤングゴク)」は、1975年に俗離山国立公園に含まれた、清州から東に32キロメートル離れたところにある渓谷です。仙遊洞渓谷と約7キロメートルはなれており、青い山と澄んだ水を同時に楽しめる観光地です。渓谷に立つとまず見える雲影潭、そのすぐ横にある拏天壁、朝鮮時代の政治家・儒学者であった宋時烈が孝宗の死を悼んで泣いたという泣弓岩、宋時烈が詩を詠じしたためたという巌棲斎と金沙潭、星を観察したという瞻星台と高く聳え立っているヌンウンデ、竜がうねっているように見える臥龍岩など、様々な形をした岩々も見所です。