1.4Km 2024-06-27
ソウル特別市チュン区ハンガンデロ405(ポンネ洞2ガ)
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1.4Km 2024-08-28
ソウル特別市チョンノ区サジクロ161
「光化門(クァンファムン)」は景福宮の南門であり、宮城の正門です。光化門は国王が頻繁に出入りする正門でもありましたが、景福宮が朝鮮の王が住む宮廷であったため他の宮殿の正門に比べて規模と格式の面でもとても雄大で華麗でした。また東西の塀の終わりに各東十字閣と西十字閣が設置され、朝鮮5大宮殿の中で唯一、宮門形式となっています。
景福宮の創建当時には特別な名前はなく、宮制によって「午門」と呼ばれたり、1395年に鄭道伝(チョン・ドジョン)によって「正門」と名前を変えましたが、1426年に景福宮を修理するとともに、集賢殿(高麗以来、朝鮮初期にわたって宮廷に設置された学問研究機関)によって「光化門」と名づけられました。
韓国戦争の時に爆撃を受けて門楼が壊れて石垣は弾痕だらけとなりました。1968年、破壊された門楼を建て直して再建されましたが再建した光化門は鉄筋コンクリートで造られ、もとの場所よりも14.5メートルほど後方に建てられました。このように原型を失った光化門を復元しようと2006年から光化門の撤去作業は始まり、3年8ヶ月の復元工事を経て2010年8月15日に工事が終了しました。
花崗岩でずっしりとした基壇を造り、その上に2階の門楼を建て、基壇にある3つのアーチ型の出入り口は景福宮が朝鮮の宮殿であるという威厳を見せています。
1.4Km 2024-03-05
ソウル特別市チョンノ区セムナンロ45
慶熙宮(キョンヒグン)はソウルを首都としていた朝鮮(1392~1897)の宮殿です。1617年に初めて建てられ、1831年に再建されました。1865年の景福宮(キョンボックン)拡張に伴って一部が撤去され、20世紀初めには全体が撤去されました。1985年から発掘が始まり、1994年に一部が復元されました。現在はソウル歴史博物館と公園が一緒にあります。
1.4Km 2024-03-05
ソウル特別市チョンノ区サミルデロ464
景福宮(キョンボックン)の近くにある雲峴宮(ウンヒョングン)は、朝鮮の王族が住んでいたところです。朝鮮(1392~1897)の王で後に大韓帝国(1897~1910)の初代皇帝となった高宗(コジョン)の生家で、その父である興宣大院君(フンソンテウォングン)の邸宅でした。建物としては老安堂(ノアンダン)、老楽堂(ノラクタン)、二老堂(イロダン)などがあり、伝統婚礼を挙げたり伝統文化を体験したりできます。展示館では朝鮮時代の遺物を見ることができます。